
※ためし読みの色は実際の書籍とは異なります。
はじめに
私がジョーデン博士の日本語のテキストに初めて出会ったのは,1991 年夏の コーネル大学での日本語教授法のワークショップに参加したときでした。私は そのテキストの内容を細かく知れば知るほど,その素晴らしさに驚嘆を禁じ得ず, 翌年に著者本人であるジョーデン博士にお会いするため,博士がオーガナイズし ているブリンマー大学での2か月間の日本語教授法のワークショップに参加する ことにしました。
私は今でもご高齢のジョーデン博士が車イスで教壇に登壇され,初めてお会 いしたときの情景をハッキリ思い出すことができます。博士の講義もやはり博士 の日本語のテキストのように,一切の妥協のない言語教育への至誠の態度で貫か れていました。博士の日本語教育の方向性は一貫しています。それは日本語学習 者に,いかに効率よくより大きな付加価値をつけるのか,つまり,いかに日本語 学習者に,より自然な日本語を効率よく習得させるのかという点にフォーカスさ れています。
その後,私は博士のテキストで実際にアメリカでの日本語教育に携わること になりますが,それは正に,そのテキストが自然な日本語の4スキルの習得に関 して最高度に完成されたものであると実感させられる日々となりました。
日本の英語教育界にもジョーデン博士のテキストのような英語のテキストが あれば,と私が考えるようになったのは自然の流れでした。周知のように,大変 な英語ブームの中にあって,日本語母語者の英語力は世界ランキングで最低レベ ルのままです。特にアクティブスキルであるスピーキングやライティングは非常 に問題があります。そして 1999 年にこの英語のテキストを書き始めたわけです が,正直こんなに時間のかかる大変なものだとは思ってもいませんでした。本来 怠け者である私をここまで引っ張ってきたのは,正にジョーデンスピリットだと いうほかないと私は思っています。
最後に,この場を借りてこのテキスト製作に直接・間接に貢献してくださっ た方々や参考書に感謝を述べたいと思います。その中で特に,コーネル大学のロ バート・スークル先生。先生は私がジョーデン博士を知るきっかけとなった博士 のお弟子さんです。青山学院大学のトレント信子先生。この本の内容のチェック や多くの有益な助言をしてくださいました。The Grammar Book の Marianne Celce-Murcia & Diane Larsen-Freeman の両著者。英語の「習得のためのグラ マー」に関して,多くの新しい視点を教えてもらいました。そして,(株)語研 編集部の島袋一郎氏。長期間に渡り大変な量のテキストの細かいチェック,非常 に有益な多くのサジェスチョンをしてくださいました。心より感謝いたします。
アイビーリーグ・イングリッシュによる習得メソッドについて
1. アイビーリーグ・イングリッシュとは
アメリカの一流大学群(ハーバード大学,エール大学,コーネル大学,ダートマス大学など多くの大学)では,最難外国語(難度スケール 4 レベル中の4で,例えば英語母語者にとっての日本語など)の習得教育に大きな成果を上げています。英語は,私たち日本語母語者にとって最難外国語の一つで,私自身は日本の英語教育は生徒として経験し,米国の日本語教育は教師として関わりました。そして,その両者の習得の成果に大きな違いを知らされることになったのです。具体的に言えば,アメリカのそれらの大学では,わずか 3 年間ほどの履修で流暢な日本語をあやつれる学生が少なからず出てくる一方,日本の英語教育では,大学までの 8 年間を主要な教科として勉強しても,メジャーな大学の学生でさえ英語でのクラスディスカッションは全く不可能で,片言英語(ETS のオーラル運用能力スケールの 5 レベル中の何とゼロ)の範囲から逃れられていないのが厳しい現実です。
アメリカのそれらの大学で使われている(少なからず高校でも使われている)日本語の教材は,英語母語者が本格的で自然な日本語の習得を試みる場合に出てくる問題点(文法上の問題点と自然な日本語を表現する上での問題点)にしっかりフォーカスされています。同様に本書も,日本語を母語とする学習者が英語の習得を試みる場合に障害となってくるポイント(難しいポイントはほぼ全て日本語と英語とのズレの部分なのです)にフォーカスし,それらの問題点を効率よく克服しつつ,自然で本格的な英語の習得ができるようにデザインされています。
2. アイビーリーグ・イングリッシュの特徴
A)英語習得前提の詳しい文法説明
本書の特徴の第 1 点目は,日本語と英語は非常に言語的距離があり,英語の習得はやさしくはありませんが,それ相応のしっかりしたグラマーの説明(文型パターンのみならず,音声ルール,英語表現を「いつ」「どこで」「どう」適切に使うのかの言語社会上のルールも含む)があることです。グラマーのためのグラマーの説明ではなく,英語習得が目的であることを前提とし,効率的な習得を可能にするためのプラクティカルな説明です。
多くの英語学習者はグラマーを‘やさしく’説明している英語教材を使う傾向にありますが,簡単な説明では高等学校の数学を加減乗除だけで理解を試みるようなもので,学習者は‘わかったようでわからない’霧の中にいるような状況に置かれ,かえってわからなくなってしまうものなのです。
アメリカのそれらの大学や高校で使われている日本語の教材の文法の説明は,学習者により効率的に日本語を習得させることを目的としています。つまり,ターゲット言語習得に直接結びつく Pedagogical Grammar(教育文法) が使われていますが,その文法の説明は,日本の英語教育界で広く使われていて,英語習得には必ずしも直結していない Descriptive Grammar(記述文法)の本の文法の説明とはかなり質が異なります。本書は,米国で使われているその日本語の教材を踏襲して,英語をより効率的に習得させることを目的とした PedagogicalGrammar(教育文法)が使われています。
B)英語表現が豊富にバランスよく紹介されている
第 2 点目に,本書には本格的な日常会話ができる英語表現(日常生活の中で使用頻度の高い語彙を使用し,口語のみならず文語も含めた)が豊富に収録されています。これらの例文を通して,日常のコミュニケーションに不可欠な文法・語法を理解し,英語の語感を養うことができます。
C)本書一冊で英語習得の全てをカバーしている
第 3 点目に,センテンスパターン(文型)を理解し,練習することが重要ですが,本書ではこの 2 つの繰り返しができるようにデザインされています。最難外国語である英語のスキルの習得の極意は,ピアノやスポーツのスキルの習得同様,「繰り返し」です。前後左右の関連もない内容の少ないいろいろな教材を取り替えつつの勉強法では,なかなか「習得型」にはなり得ず,「紹介型」となりやすいのです。例えば,発音・イントネーション,単語,熟語,英会話表現,文型文法などは,それぞれの独立本を使って「発音のための発音」,「単語のための単語」,「英会話のための英会話」,「文法のための文法」などのように行なわないで,その大きなシステムの中で扱い,他のアスペクトと連動させて習得を目指していくのが実際の発音習得,英単語習得,英会話習得,英文法習得などには効率的・合理的です。その英語全体のシステムを本書は網羅しています。
D)アイビーリーグ・イングリッシュの勉強法はスピーキングが中心
- アイビーリーグ・イングリッシュではスピーキング中心に勉強を行います。そして,この方法はスピーキングのみならず他の全ての言語スキルもスムーズに向上させることができるのです。
- 本書での「話すこと中心の練習」では,自ら声に出して練習しますのでリスニングの練習にもなります。スピーキングの習得作業による,発音・イントネーションの練習を含めた,バラエティーに富む英語表現,文法パターンの習得練習を行わないで,受身的スキルであるリスニングの練習をするだけであれば,リスニングそのものにもすぐに限界がくるものです。微妙な発音・イントネーション,さまざまな英語表現・センテンスパターンに対して細かく意識がついていけないからです。自らが言える英語のリスニングは当然難しくはありません。
- しかも,スピーキングの習得作業はバラエティーある英語表現やセンテンスパターンを脳にインテイクしていくことですが,それはライティングの習得作業と全く同じなのです(英語のオーラルにて表現や説明がスムーズにできれば,その英語はそれ程困難なく書けるものです)。つまり,ライティングスキルの習得は,スピーキングスキルの習得レベルとパラレルに伸びていきます。
- さらに,‘音’によって慣れた英語は,リーディングのときにそのまま句や文として脳に飛び込んできますので,リーディング作業のスピードが格段に速くなります。逆に,オーラルスキルの前提のない英語のリーディングは,「暗号解き」になりやすく,英文解釈に時間がかかってしまう傾向にあります。
3. 「英語は英語で」の大きな落とし穴
日本では今,英語圏への留学・出向,学校英語プログラムや企業英語プログラムへのネイティブの導入,そして膨大な数の英会話スクールの存在といったように,「英語は英語で」の勉強法が大流行です。しかし,「英語は英語で」ですので,勉強の焦点は英語と英語の関係になりますが,日本語と英語のズレが英語の習得を難しい,わかりにくいものにしているのです。英語で書かれた「英語は英語で」のテキストは最易外国語型で,日本語母語者の学習者にとっての重要ポイントがゴッソリ抜け落ちています。「英語をどう使っていいのかわからない」でいる場合,日本語母語者は必然的に自らの膨大な言語経験である「日本語の常識」を無意識に当てはめてしまいます。ですので,「英語は英語で」の学習方法では,一般常識とは逆に日本語的な英語から逃れ難い傾向があるのです。このことは,英語圏にいる日本人在住者の英語,日本在住の英語のネイティブの日本語を聞けば明らかです。彼らは,「究極の外国語習得環境」に住んでいるように感じられますが,実際にはあまり習得が起こらず非常に苦労しておられる方が圧倒的です。
4. 本書の習得対象言語はアメリカ英語
本書の習得対象英語は,「アメリカ英語」です。イギリス英語でもインド英語でもなく,本書がアメリカ英語を選んでいる理由は,好むと好まざるとに関わらず,英語の世界の中でアメリカ英語が圧倒的な地位を占めているからです。ちょうど日本語の世界で,東京弁が圧倒的な地位を収めてしまっているように。習得言語対象をハッキリさせている理由は,そうしないと何でもありの,つまり必然的に日本語の影響の濃い日本英語になりやすいからです。現実には,日本英語は日本人以外には極めて通じ難い英語です。
習得プラクティスの方法
本書は,英語の初級・中級・上級全てのレベルの学習者が使うことができるよ うにデザインされています(クラスセッティングにて本書を英語のテキストとして使 用する場合の英語教授法は,米原幸大著『米国の日本語教育に学ぶ新英語教育』〈大学 教育出版〉参照)。各章の中に練習して覚えていただきたい英語の語,句,センテ ンスが示してあり,各章末の‘応用練習’でさらに英語が紹介されています。こ れらの英語で,比較的難しいもの,使用頻度の少ないものは色の付いた文字では なく黒字で示されています。
- 初級レベルの学習者による練習では,各章の黒字の英語の語,句,センテ ンスと章末の応用練習の中の全ての語,句,センテンスは除きます。
- 中級レベルの学習者は,各章の語,句,センテンスと章末の応用練習の両 方はカバーしますが,それぞれの黒字のセンテンスは除きます。
- 上級レベルの学習者は,本書の全ての英語の語,句,センテンスをカバー することになっています。
ですので,例えば中級と上級を経験する学習者の場合,まず中級で各章とその 応用練習の中の黒字の英語を除いた全ての英語の練習を行います。それが終わり 上級に進めば,中級で行なってきたものを復習することと同時に,新たに黒字の 英語の習得練習も行うことになります。
この作業は,日本文からの英語の直訳ではなく,‘言いたい状況’が日本語で示してあって,その‘言いたい状況’(当然英語から見た日本語は,英語からの直訳ではなく意訳です)を英語で言ってみるという作業です(よって,モデルの英文以外の英語表現方法がある可能性はもちろんあります)。
もう 1 点述べると,本書での英語をクリエイト(英作)する練習は‘1 日の生活で頭に浮かんだことを英語でしゃべる’という英語の達人と言われる人たちがよく使う練習方法に似ています。‘頭に浮かんだことを英語でしゃべる’方法も基本はアクティブに英語をクリエイトする練習です。ただし,この方法は作った英語表現が正しく自然であるのかどうかがわからず,間違いは間違いのままになるという大きな欠点があります。そして,語学習得で重要な定期的なフィードバックができないのも大きな欠点です。本書でのメソッドは,グラマーベースの間違いや弱点はグラマーの説明を読んでより深く理解し,その上での練習がいくらでもでき,しかも後日それをまたレビューできるので,効果的に弱点の克服ができるようになっています。
英語をクリエイト(英作)する練習の目的は,不足のグラマーパターン,英語表現をどんどん炙り出して理解・練習・暗記で効率的に英語を脳に蓄えることにあります。英語力は,強いインプットとして脳の中にあるセンテンスパターン,自然な英語表現の量に比例します。インプットが弱い英語表現は,現地で英会話の場数を踏んでもなかなか口から出てこないものなのです。
主な記号・その他の意味
セントラルミズリー大学(University of Central Missouri)TESOL(英語教授法)修士課程卒業。サウスカロライナ大学(University of South Carolina)言語学博士課程中退。コーネル大学(Cornell University)客員講師,トゥルーマン大学(Truman State University)講師などを経て,現在,Jアプローチ推進協会主宰(http://www.ivyleague-english.com/)。
〈著書〉『米国の日本語教育に学ぶ新英語教育』(大学教育出版 〈単著〉2008.7),『【完全マスター】ナチュラル英会話教本』(語研 〈共著〉2010.11),『TOEFL® テスト完全対策&模試』(ジャパンタイムズ〈共著〉2010.11)『Jアプローチ:4技能時代を先取りする凄い英語学習法』(IBCパブリッシング〈共著〉2015.7)
〈論文〉『アメリカの日本語教育に学ぶ理想的なティームティーチング』(「英語教育」大修館書店2008.5)